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西尾慈高(元プロ野球)の死因や通夜や葬儀は?阪神や中日の成績も


 

こんにちは。

元プロ野球選手で阪神や中日のOBだった西尾慈高氏がお亡くなりになられたそうですね。

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僕もいちおうプロ野球ファンで阪神タイガースを贔屓にさせていただいているのですが、西尾という名前ははじめて聞きました。

 

しかし今朝このニュースを見て、西尾慈高さんってどんな選手だったんだろうと気になったので、少し調べてみました。

 

 

 西尾慈高のプロフィールや経歴は?



名前:西尾慈高(にしお しげたか)
生年月日:1934年2月27日
年齢:83歳
出身地:京都府京都市
身長:179cm
体重:70kg
高校:立命館神山高等学校
大学:立命館大学
所属:大阪タイガース→中日ドラゴンズ
ポジション:投手
利き手:左投左打

 

 

まず西尾慈高さんの下の名前の読み方は”しげたか”と読むそうです。僕はたまたま最初から読めましたが、よく”よしたか”と誤読されることが多いようですね。

 

西尾慈高さんは立命館大学時代に六大学リーグでエースとして活躍していたそうです。そのときからもちろんプロから目を付けられていたみたいですね。

 

大学を中退後は大阪タイガースに入団。まだ阪神タイガースが大阪タイガースだった時代の選手なんですね。

同じころの年代の選手には”牛若丸”の異名をとった、ショートストップの吉田義男さんなどがいるそうです。

 

鳴り物入りでタイガースに入団した西尾さんでしたが、プロでは思ったような成績を残すことができなかったようですね。

1958年には11勝10敗防御率2.71の好成績を残しましたが、それ以外はあまり目立つことはなかったとか。

そのため1960年のオフ時に中日へ交換トレードで移籍しました。

 

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中日移籍後も1961年6勝を挙げたという以外は、目立った好成績を残すことができず、1965年に引退されました。

 

 

 プレースタイルは?

 

西尾慈高さんってどんな投手だったんでしょうか?その辺りも調べてみました。

 

西尾投手は相手バッターを追い込むまでは、ストレートやシュートボールなどで徹底した内角攻めを繰り返し、

追い込んだらドロップで相手バッターから三振を奪うという投球術をもっていたそうですね。

 

ドロップって最近はとんと聞かなくなりましたが、昔はほとんどのピッチャーが使っていたポピュラーな変化球だったらしいです。

 

カーブみたいな握り方をするそうで、変化の軌道はカーブよりも下に落ちるイメージだそうです。

 

西尾選手はあまり目立った成績を残せなかったと言いましたが、昔のプロ野球の先発ピッチャーのシステムでは先発投手の席も少ないし、投球回も違うからそうなったのであって、

現在のような先発投手6枚、中継ぎや抑えのいるというシステムであれば2線級の投手、いや先発ローテーションの一角を担えたかも、とも言われています。

 

現在にプロ野球に入っていたらすごいピッチャーとして名を馳せていたかもしれませんね。

 

 

 死因や通夜や葬儀は?

 

西尾慈高さんは本日7日に訃報の第1報が入ったみたいですが、どうやら5日に兵庫県芦屋市のご自宅で亡くなっていたみたいですね。享年は83死因は腎不全だそうです。

 

葬儀は8日の午前10時から兵庫県西宮市甲子園町の総合葬祭千の風西宮市で行われるようですね。

 

喪主は西尾慈高さんの長男の力(ちから)さんが務められるそうです。

 

葬儀は親近者のみで行われる家族葬になるようですが、香典、供花、参列は受け付けられるようですね。

 

 

 まとめ

 

今回の記事では大阪タイガースや中日ドラゴンズの投手として活躍した西尾慈高さんについて書かせていただきました。

西尾慈高さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。

 

それでは最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

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