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千代の富士の凄さとは?身体能力やイケメン伝説も【男前画像】

千代の富士 冒頭
元横綱の千代の富士、現九重親方の訃報がありましたね。死因はすい臓がんだそうです。

現役当時はもちろん、現役引退後も大相撲界を牽引してくれた存在として非常に人気があり、多くの方に愛されました。

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今回の記事ではそんな千代の富士さんを思い返すという意味で、どれぐらい凄い人だったか、千代の富士伝説の特集をしたいと思います。

ただ、力士としての特集はこれまでに数多く紹介されているので、ここでは力士として以外での千代の富士の凄さを紹介しますね。

 

 

イケメン伝説


見てください、この精悍な顔立ちを。

千代の富士1
 

千代の富士関は現役当時からハンサムで男前、今風に言うとイケメンですね。

この整った顔立ちや相撲の立ち合いの姿から、『ウルフ』という異名で呼ばれていました。この当時はアイドル的な人気もあり各界の中にあって非常に女性ファンも多かったようです。

 

千代の富士2
 

そんな千代の富士関の伝説のひとつとして挙げられるのは、1981年のウルフフィーバーですね。この頃は純粋な相撲ファンだけでなく女性ファンや子供のファンまでたくさんいました。

さらに、千代の富士の取り組みにかかる懸賞の数が他の力士よりもケタ違いに多く、懸賞旗が土俵を数周してもまだ余る状態でした。

 

昭和56年の初場所で、当時不動の第一人者だった北の湖を優勝決定戦で破り、その時の中継していたテレビの瞬間最高視聴率が65%を記録。

この数字はよもや不滅といっても過言ではないでしょう。

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身体能力


こちらが現役当時の千代の富士の身体です。惚れ惚れするほどの筋肉美ですね。

千代の富士3
 

千代の富士関は各界屈指のゴルフ好きとして知られていましたが、そのきっかけが当時の九重親方だったそうです。

休日は常に麻雀やテレビゲームに興じていた千代の富士を見て、当時の親方が健康的な休日を取らなければダメだと言って、千代の富士をゴルフに連れ出しました。

 

最初は渋々親方についていった千代の富士ですが、初めてやったゴルフのハーフで40台を出し、ワンラウンドを86で回って九重親方のスコアを上回ったとか。

そこから千代の富士はゴルフにハマりのめり込んだそうですよ。

 

 

やっぱりプロのスポーツの世界であれだけの実力を持ち、ナンバーワンになるだけの人はなにをやらしても凄いんですね。

これじゃあ当時の九重親方もメンツ丸つぶれだ(笑)

 

 

まとめ


これまで、相撲界を一生懸命引っ張ってくれて盛り上げて来てくれた千代の富士ですが、すい臓ガンにより亡くなってしまいました。

 

心よりご冥福をお祈りいたします。

 

 

それでは最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

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