松旭斎天一の読み方や本名は?経歴や誕生日やマジックも調査!
2018/01/17
こんにちは。
今夜放送される『情報発掘!エライ人』という番組で紹介される”松旭斎天一”という方について書いていこうと思います。
この松旭斎天一さんという方はどうやら江戸時代に活躍した奇術師、いわゆるマジシャンの方なのですが、
今の日本のマジシャンたちに多大な影響を与えているということなんだそうですね。
あの引田天功さん、僕たちがよく知っているのはこちらの女性の引田天功さんですが、
こちらの引田天功さんは二代目で初代引田天功さんが男性の方でイリュージョンマジックが得意なマジシャンでしたが、
この初代引田天功さんも松旭斎天一さんに影響を受けてマジシャンの勉強をされていたそうですよ。
そんな歴史的なすごいマジシャンだった松旭斎天一さんがどんな方だったのか?ちょっと僕もお勉強してみようと思います。
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松旭斎天一のプロフィールや経歴は?
まずは松旭斎天一さんについてわかったことをプロフィール風にまとめてみました。

名前:松旭斎天一(しょうきょくさい てんいち)
本名:服部松旭(はっとり しょうきょく)
幼名:牧野八之助(まきの はちのすけ)
生年月日:1853年2月
没年:1912年6月14日
出身地:福井県福井市
本名:服部松旭(はっとり しょうきょく)
幼名:牧野八之助(まきの はちのすけ)
生年月日:1853年2月
没年:1912年6月14日
出身地:福井県福井市
松旭斎天一さんはもともとは福井藩の国家老である狛家の家臣で剣術師範の牧野海平という武士の家の息子さんだったみたいですね。
両親が相次いで病没したり、牧野家の断絶などがあり、姓を牧野から服部と改め、各地の寺を放浪するようになったとか。
放浪中に寄った大阪で柳川蝶玉斎の西洋手品を見て、いたく感動したことが松旭斎天一さんとマジックとの出会いだったということらしいです。
それからは大阪で貿易商を営みながら、知り合いとなったイギリス人マジシャンのジョネスという人に西洋手品を学んだそうです。
一通り西洋手品を覚えた松旭斎天一さんはジョネスと上海へマジックの巡業を行いにいきます。
そして帰国後、当時大阪で人気絶頂だった帰天斎正一という方の名にあやかり、芸名を松旭斎天一としたそうです。
そこから天一一座を旗揚げして日本各地で手品を披露し、人々を楽しませていったそうです。
その松旭斎天一さんの活躍で、当時の日本では無かった「奇術」という言葉が次第に定着していったそうです。
>松旭斎一門のメンバーって誰?
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今でこそ流行語なんてすぐに広まり、定着していくものですが、その当時の日本ではなかなか言葉というものの広まりは無いので、
ひとつの言葉を流行させて且つ定着させるというのはスゴイですね。
いかに松旭斎天一さんが日本中で人気のマジシャンだったかということがよくわかります。
松旭斎天一の奇術とは?
松旭斎天一さんはマジシャンということですが、どんなマジックをする人だったんでしょうかね?
一口でマジックと言ってもカードやコインなどを使ったテーブルマジックとか、大掛かりな仕掛けを使うイリュージョンマジックとかいろいろありますよね。
最近ではDAIGOさんやロミオ・ロドリゲスJrさんなど人の心を読んだり操ったりするメンタルマジックというものも出てきました。
>ロミオ・ロドリゲスJrって誰?
その中で松旭斎天一さんは特にイリュージョン系のマジックを得意としていたようです。
松旭斎天一さんのマジックで有名なのが「陰陽水火の使い分け」というもので、水や火など大掛かりな道具や仕掛けを使ったマジックだそうですよ。
こちらがその「陰陽水火の使い分け」を表した絵なんですけど、

ちょっと絵だけじゃわかりにくいので、どんなものなのか実際に拝見してみたいですよね。
現在ではマジックもどんどん進化しているそうですから、もしかしたら結構チャチくて観たらガッカリしちゃうかも知れませんね(笑)
でも今のマジシャンの方たち、例えばプリンセス天功さんとかMrマリックさんなどが、当時やっていた西洋手品とかを披露してくれたらそれはそれでおもしろそうですよね~。
>松旭斎一門のメンバーって誰?
まとめ
今回の記事では日本奇術の祖と言われた松旭斎天一さんについて書かせていただきました。
今夜の放送で松旭斎天一さんがどんな方だったのかより詳しく紹介してくれると思うので楽しみです。
それでは最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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